優柔の眠気は

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誰もが何処かで感

正月に買った『ことばの花束』を時々パラパラ読んでみる。
岩波文庫に載った名著の中で選び抜かれた言葉は、それを読むだけで興味深い。

文豪、夏目漱石の言葉が私の目を引いた。
新鮮な驚きがあった。

「私は今よりずっと寂しい未来の私を我慢する代わりに寂しい今の私を我慢したいのです。
自由と独立とおのれに充ちた現代に生ま枕頭推介れたわれわれは、その犠牲としてみんなこの寂しみを味あわなくてはならないでしょう」
これは名作『こころ』の一節だが、大正時代に描かれているのに、まるで平成の現代を言っている様だ。

こころの主人公は自殺するのでペシミスティックな事を語っても、ストーリーとしておかしくない。
しかし、このギリギリの孤独感は何なのだろう。
寂しがりとは違う、人との間に起きる違和感、意思の交流の途絶えた感覚を連想してしまう。
それでもこの言葉は、誰もが何処かで感じた時期があったのではないか。



夏目漱石は多くの優れた弟子に囲まれて、名声も地位も得た人である。
それでも、彼の飢餓感は続いていたのだろうか?

漱石夫人は悪妻などと言われたが、どうして気難しい彼を支えた人と言う。
又、『こころ』の主人公も愛して止まない女性を妻にしている。

「寂しさ」は実際に孤独であると言うper face價錢より、内的な深いところからくるのだろう。

私などが「痛ましい」と言える立場ではない。
現にこの寂しさは私の身にも日々ヒタヒタと押し寄せている。
家族がいても孤独感は湧くだろうし、それを無理に満たそうとすると、さらなる孤独感は増すだろう。

孤独に一筋に仕事をする事で得られるものは大きい。
しかし、その後自分の側で心から打ち解ける現実の友人や家族が居ないのは、かなり寂しい。



ただこれ程鋭く繊細な寂しさ、多くの人が何処かで宥めて生活してる様だ。

実は「打ち解ける」とは見えないコツがいるものらしい。
「いい加減な事」「どうでも良いこと」で笑い、折り合いを付けている。
思考や主張、感覚のとんがった事ばかり口にしてる人といるのは疲れるだろう。

周りの誰かより優れていると見られるよりHifu 瘦面、結構自分を頼ってくれる人だと安心された方が生きやすいだろう。

愛情や信頼、仲間同士の絆、と言葉はとても美しいが、大義名分を先に掲げて共に生きるだけでは立ち行かない。
お互いの日常の些細な会話や行動は、ごくありふれたものだと思う。

つまり孤高とは遥かに離れたところで、人と人との営みがある。
大した目新しくない日々の交流が実は寂しさの特効薬なのかも知れない。

こんな生活の知恵を、随分遅くに私は身につけた。
遅過ぎたと思う。
それでも(負け惜しみか)この時期に分かって良かったとも思う。

『ことばの花束』は百人百様の人生観が見える。
「生活の知恵で知ってます」なんて言えない深い知恵で満ちている。
第一読むだけで寂しくなくなる。



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