優柔の眠気は

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企業であるわけ

震災復興の建築ラッシュの中、いわゆる『貸しビル』も多く建てられました。『貸し』と名乗っているからには貸主がいるわけでして・・・ビルを自前で建て、それを貸すくらいですからそれ相応に儲かっている企業であるわけです。
そんな企業、というか業界の正体は保険会社!元々日本で最初の貸しビルは東京海上火災保険が建てたものですし、その他の保険会社も己の財力を世間一般に誇示するために自社ビル(貸しビル)をビシバシ建てていったようです。
元々明治の近代社会化で『保険』というものが根付いていったのもあるのでしょうが、関東大震災でその傾向がますます強くなっていったのでは?と個人的には分析しております。
(大きな地震の後は不安になってつい契約しちゃいますからねぇ(^_^;)しかし場所によっては入れてくれない場合も・・・実は我が家も元々契約していた地震家財保険の再契約をしてもらえず、旦那の先輩に頼んでお願い致しました。地震そのもので壊れるものは少ないと思うのですが、地震で起こった火災の保障は地震保険じゃないと賄えませんのでねぇ。そのへんが厄介です(>_<))

更に保険会社同様、民衆に財力を誇示して安心感を与えなければならない業種として挙げられるのは銀行です。その双璧は日本橋の三井銀行、そして丸の内の三菱銀行でした。特に三井の壮麗な建物は現代も残っておりますよね〜(人´∀`).☆.。.:*・゚
当時一本一万円したという大理石の柱が所狭しと83本も建てたそうです。なので予算一千万円のところ、実際は二千万円もかかってしまったとか(^_^;)それでも会社の信用&大地震対策と考えれば必要経費と思えたのでしょう。実際建物にとって劣悪な環境である日本で90年以上も持っているのですから、確実に元はとってるwww
更に三菱銀行の方は震災の少し前、丸ビルと同じ時期&同じ金額で作られたそうなのですが、がっしりした作りだったために関東大震災でガラス一枚壊れなかったとか(゚∀゚)因みに丸ビルの方は予算内でできるだけ大きく―――というのがコンセプトだっただけに地震には弱かったようです(>_<)震災でだいぶ破損してしまい、補強に二、三年もかかってしまったとか(´・ω・`)
丸ビルには気の毒ですが、ある意味同じ予算をかけながら地震に耐えた、というのは良い宣伝ですよね〜(^_^;)
因みに建物にはお金をかけていましたが、社員(特に若い社員)の月給はかなり安かったようです/(^o^)\現代だったらブラック企業云々と言われかねませんが、安いって言っても子供を大学に進学させられる程度には稼いでいたでしょうから問題は無いと思われます/(^o^)\




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