優柔の眠気は

サブURL(このURLからもアクセスできます):http://harajuku.areablog.jp/gmannnn

なにげない花が

学生の頃、東京ではじめて下宿した家の、ぼくの部屋には鍵がなかった。
だから、ときどき2歳になるゲンちゃんという男の子が、いきなりドアを開けて飛び込んできたりする。
そのたびに、気配を察した奥日本樓買賣さんが慌ててゲンちゃんを連れ戻しにくるのだが、そのときに、いつも何気ないひと言を残していくのだった。

「玄関のお花、ワレモコウっていうのよ」
ぼくの部屋は玄関わきにあったので、ドアを開けると下駄箱の上の花が正面に見えた。
花にあまり関心がなかったぼくには、ワレモコウの花は花だか実だか曖昧な花だった。ぼくが気のない相槌を打つと、
「吾もまた紅(くれない)って書く通渠公司のよ。すてきな名前でしょ」と奥さん。
花の名前にしてはあまりにも文学的だった。花そのものよりも名前の方が印象に残った。そのとき、ぼくの貧弱な花の手帳に、なにげない花がなにげなくセーブされたのだった。

奥さんは詩を書く人だった。仲間で同人雑誌を発行していて、ぼくも誘われていたのだが、気後れがして加わることができなかった。
たまたま奥さんから借りた村野四郎の『体操詩集』という詩集を読んだりしていたのだが、ぼくには詩というものがよく解らなかったのだ。
詩というものを書く人たちは言葉の曖昧な領域にいて、吾も紅、吾も紅と、それぞれが紅い個性で咲き誇ってい節省能源るようにみえた。ワレモコウという花の名前に感じたまぶしさは、詩というもの、詩人というものへの近づきがたい戸惑いでもあった。
吾も紅、と集まっている人たちの中へ入っていっても、ぼくはとても紅には染まれないだろうし、吾は紅などといえる自信も情熱もなかった。

だがその花は、ぼくの記憶の中で咲きつづけていたようだった。
ずっと後に信州へ家族旅行した時に、蓼科高原の草むらの中でその花を見つけたのだった。それは花のようであり花のようでもなかった。記憶の中のひとつの目印のようだった。
ぼくは心の中で古い花の手帳をそっと開いた。ワレモコウという花の名前が浮かんだ。花の名前というより人の名前を思い出したように感動した。懐かしい人と懐かしい歳月に出会ったようだった。
その花は言葉だった。
若い日に語られなかった言葉の数々が、風となって花の幹を揺らしてきた。吾もまた紅などと口からでてきた言葉に、おもわず涙が出そうになった。
詩というものを忘れていた長い年月が、いっきに引き戻された。
花は紅、吾もまた紅、体じゅうが熱くなって、すこしだけ紅の詩の世界に近づけたようだった。ぼくにも詩が書けるかもしれないと、一瞬だけ思った。

それからまた、詩を忘れたかなりの年月が過ぎた。
ふたたび、ワレモコウのことを思い出したのはいつだったろう。
ある日、花が言葉になった。
悲しみが、喜びが、苦しみが、言葉になった。
花のような実のような、よくわからない曖昧な言葉の領域を手探りしながら、ぼくは詩のようなものを書き始めていた。熱く燃えたい、紅になりたい、という欲求がよみがえってきた。吾もまた紅になれるかもしれない、と思いながら言葉と向き合った。
そのようにして、また長い年月が過ぎた。
花の言葉を語るということは、詩を書くということは、大いなる妄想にも似ていた。



goodポイント: 0ポイント

このポストをお気に入りに追加 0人がお気に入り登録中
このポストのURL http://harajuku.areablog.jp/blog/1000259422/p11679514c.html
日记 | コメント( 0 ) | トラックバック( 0)
名前   削除用パス  
コメント
※入力可能文字数は1000文字です

■同じテーマの最新記事
過剰摂取によるカフェイン中毒
栄冠は君に輝く
専門家と呼ばれる共和国の功
以前の記事へ>>
このブログトップページへ
ブログイメージ
優柔の眠気は
前年  2017年 皆勤賞獲得月 翌年
前の年へ 2017年 次の年へ 前の月へ 11月 次の月へ
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30
今日 合計
ビュー 1 54
コメント 0 0
お気に入り 0 0

カテゴリー一覧

QRコード [使い方]

このブログに携帯でアクセス!

>>URLをメールで送信<<

お気に入りリスト

足あと

最新のコメント

おすすめリンク


外苑東クリニック
東京 人間ドック